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  • Toshiya Kato

少年たちよ。一緒に”普通”から飛び出そう。

みなさん

『なんかこの環境だと自分が思っている普通が通じない』

『この人と考え方が合わない』

と、思ったこと口にしたことはありますか。

僕は外国人とサッカーをやっていますが、日々感じます。

日本人の相手をリスペクトする気持ちだったり、仲間のために身を犠牲にする心は他の国の人が真似できる事ではない。チームのために動けることが日本では評価されたし、そこを意識してこっちでもプレーしている。外国人で人のためにプレーできる選手は少なく、都合が悪くなるとすぐ愚痴がこぼれスイッチが切れてしまう。結果が出ないとロッカールームで怒鳴り散らしたり、選手同士での衝突など、日本ではあまり起こらないような光景をよく目の当たりにする。自分をコントロールし切れていない選手を見ていると腹が立つ時もあるが、こっちで求められるのはチームよりも個の主張が優先されているのかもしれない。チームで戦おうと耳にするが、試合が始まれば彼らはいかに自分が思い通りにできるかを考えている。いかにチームに貢献できるかの日本、個のアピールが優先の外国。明らかなギャップで、自分が普通だと思う考えが通用しないのだ。

この国では素直に自分が思うようにプレーすることも大切で、外国人から求められているものだと感じる。練習や試合で、今まで日本でやっていたような感覚でプレーしていると、『Toshi Be greedy(わがままになれ、貪欲にいけ)』と頻繁に言われる。自分の中での普通を壊し、変わらないといけないのはわかっているが、意外と難しく時間がかかる。人は長い期間同じ環境に居座るとそれが普通だと思い込み、自分の中に固定概念や枠組みを作ってしまうものだ。いざ違う環境に飛び出そうとしたときにこれらが邪魔をするのだ。新しい環境でうまくいかないと、自分の中に残ってしまっている過去とそこで起きている現実を比べたりして現実から逃げてしまう人間の弱さが出たりもする。「昔はあんないいサッカーしてたよなあ〜、でも今はさ、、」サッカー生活でよく聞いたセリフだ。まさに自分の中にある今までの普通が邪魔をする瞬間だ。

外国に来た時にあらゆるものに違和感を感じたり、対応できないのも同じだと思う。自分の中に”普通”が形成されてしまっているからであろう。年を重ねれば重ねるほどこの普通という枠組みの厚さが増し、一歩外に踏み出すのに相当苦労する。精神的に大人になってから海外に出ると、間違いなく外国人とコミュニケーション取る時に恐怖心や恥じらいをおぼえる。自分の中の普通の範囲が狭ければ狭いほど視野が狭くなる。既に形成されている普通が、何か新しいものに対して抵抗感を生むからだ。自分も来た時に本当に苦労したし、今でも恐れたりすることもある。だからこそ思うことがある。

大人になって苦労するのであれば、若いうちから自分の中の普通からどんどん外に飛び出して、視野を広げておけば良い。あとで自分の中にある普通を取っ払えないのであれば、若いうちからトライして自分の中の普通の範囲を広げておけば良い。今、準備しておけば大人になって恐れるものなどなく、むしろ多くの可能性が広がると思う。特に言葉。小さい頃に外国のコミュニティに入ることができれば、あとで恐怖心を抱くこともないだろうし、間違いなくスッと語学を身につけられる。

そんな若いうちから海外に飛び出しチャレンジする人が更に出てくることを願っていますし、後押しできる存在になります。スポーツを通して、ネイティヴの仲間、指導者に巡り会うことの素晴らしさを毎日肌で感じています。そういった経験を発信し、場を提供できるように日々努力していきます。

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