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  • Toshiya Kato

東南アジアで感じた敗北感

僕が初めて海外に出たのは、

東南アジアのミャンマーという国でした。

僕は大学生のとき

東京都大学リーグのチームに所属していました。

4年に1度東京都大学サッカー連盟が

東京都大学の選抜チームをつくり、

海外遠征を行います。

僕が大学1年生のとき、

選抜チームの中で1番若いプレーヤーとして

運良くチームに帯同させていただきました。

海外遠征に行く東京都サッカー連盟の目的は

ただ他の国のチームと試合するだけではなく、

国際交流も含め国同士の仲を深めるところに

あります。

国際マッチでは、

現地のプロチーム、企業のチーム、大学選抜

と試合を行いましたが、東京都選抜の方が

技術面、フィジカル面、戦術面において

総合的に上回っていました。

国際エキシビションマッチも勝利で終えました。

当時僕の大学の、選抜チームの中での位置付けが

圧倒的に下の方だったのです。

(ほかの大学の人に自分の大学を伝えても知らない人がいて、相当悔しい思いをしたのを覚えています)

遠征中は常に

自分の存在価値をプレーで示すことで

僕の大学の知名度をあげようと

必死になっていました。

なかなか経験することのできない

国際交流マッチの場で外国人と闘うというより

むしろ、味方を見返したいその一心で

プレーしていたかもしれません。

選手には海外遠征の予定が与えられていましたが

ただそのスケジュールをこなすのではなく

貴重な海外遠征を通して、自分は何にトライして

どのように人間的に成長できるかを明確化し、

望むべきだったといま反省しております。

サッカーを通して、サッカー以外のところに

向き合うことのできる時間を

無駄にしていたかもしれません。

試合終了後、日本人とミャンマー人の

大学生同士の国際交流の場が設けられました。

そこでの悔しさが初めて

「海外に行ってみたい」から

「海外に出ないといけない」に変わり、

今でも僕の心に根付きこのままではいけないと

いう良い意味での危機感と活力になっています。

サッカーでは完全勝利を収めた相手、

東南アジアの大学生から感じた印象は2つ。

1つめは、日本人より明らかに

英語でコミュニケーションをとれること。

今まで日本人が習ってきたものは

インプットばかりで、英語のテストは出来ても

いざ会話となれば活かせない。

母国語を日本語とする僕らは

いざ目の前に外国人が現れると

頭が真っ白になります。

今まで学んできた

英語をどう使えば良いのかわからないのです。

簡単な会話文を作れるほどの単語は

知っているはずなのに、上手く話せない。

そんな状況に僕が陥っているのにもかかわらず、

ミャンマーの子たちは笑顔で、そして

自信をもって英語で話しかけてきました。

サッカーでの完全勝利から一転。

僕はむしろ圧倒的敗北感を感じてしまいました。

2つめは、日本人より明らかに積極的。

本来の目的は国際交流そして、

日本人とミャンマー人の仲を深めるもの。

いわば、外国人の仲間を増やすチャンス。

交流会で見えた景色はすべて、

ミャンマー人から日本人へと話しかけるもの。

矢印の方向が一方通行だったのです。

日本人はほぼ受け身の状態で

あのとき自分も含め、非常に消極的だったのを

覚えています。

ミャンマー人の中にも流暢に英語を話す人は

いなかったと思います。

ですが、なによりあの場で大切だったのは

自分から話しかけようとする姿勢、積極性

だったと思います。

その環境のなかで、能動的に動いていたのは

東南アジアのプレーヤーたちでした。

そのような光景を目の当たりにして

危機感を覚え、海外に出なくてはと思い

今に至ります。

あのときの"敗北感"を忘れることなく

これからも向き合い続けたいと思います。

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